最終日、『河口湖天上山公園』からのパノラマ。

最終日は再び極寒の中を散策しつつ、
『河口湖 富士山パノラマロープウェイ』乗り口へ。

抜群の眺望と高所恐怖症とのせめぎ合いを感じつつ、
ローブウェイ終着の 『河口湖天上山公園』から
さらに登り、小さな祠のある『小御嶽神社』へ。

この辺りで“熊避けの鈴”をつけた方とすれ違う。
案の定、帰り際に「熊出没」の警告ポスターを見つけることとなる。

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夜が明け行く中、刻々と表情を変える富士山。

夜明け前、河口湖上のドーム船に灯が入る。
ターゲットはワカサギだ。

明け方、変化する富士山のライブは、
言葉を失いただただ凝視してしまうほど美しい。
昨日のような雲は現れず、絶好の好天に恵まれた。

早朝の河口湖畔を散策しながら向かった
『久保田一竹美術館』は残念ながら臨時休館。
そこからはバスに乗って湖の南側へ。

唯一の作品写真は当日購入した作品『たま』のマグネット

富士山三昧の中、
今回の第一の目的は『河口湖ミューズ館・与 勇輝館』。
所ジョージさんの番組「世田谷ベース」で紹介され、
作品の実物を見たくて訪れた。
館内で感じたのはそれぞれの作品の存在感。
瞳は共通して淡いブルーグレイ、
それぞれの豊かな表情や動作とは裏腹に、
人形にありがちな情念や畏れは感じられない。
なのにこの存在感の誘因は何処に‥。
時間をかけて見えてきたのは、足だ。
脚ではなく足。地を掴む足。
(与さんの人形は自立し、地震があっても倒れないそうだ)
またそれに呼応する手。そして、それぞれの指。
これらが命を伝え、存在感を増していることに気がついた。

因みに、所さんと北野武さんの人形も必見。

美術館を後にした後は再びバスで西湖方面へ。
『西湖いやしの里根場』で再現された茅葺き屋根の集落を見学し、
静かな静かな西湖へ。
賑やかな河口湖よりもこちらの方が私の性に合っている。
かつて精進湖を訪れた時も同じように感じた記憶がある。

ここまでの富士山三昧は初めて。

新型コロナ感染状況の落ち着きと、
インバウンド再開の狭間を狙って河口湖方面へ。

過去クルマで巡ったことは何度もあったが、
鉄道とバス、そして河口湖畔を歩く機会は今回が初めて。
徒歩でないと見えてこないことは多い。

まずは忍野八海へ。
流石に日曜日の人気スポットだけあって、
そこそこの人出だったが、
インバウンドが再開されれば
恐らくこんなものでは済まないはず。
所々雪が残る中、湧水の美しい池は堪能できた。

この日、昼過ぎの富士山はずっと雲を纏っていた。
極寒の中、遅れがちなバスには閉口。

陽が落ち、湖畔の宿に明かりが灯り、
静かな風景に星と雪明かりの富士山と、
控えめなイルミネーションも確認できた。

家原利明さんの作品展示『こわすのはかんたんだからね』へ。

会場で完成された作品が観られるのは、
額装された写真と制作風景の動画の中のみ。
実際に目の前にあるのは、それが“こわれた”ものだ。

かつて作品だったそれらは、
地元一宮で作られたハイブランドにも使用される
高級服地に描かれた作品の断片。
蛍光色の塗料を纏ったモノトーンの布は、
緻密な織と柔らかさからその上質さが窺える。

かつてこのノコギリ屋根の工場でも数多くの機織り機が、
夥しい量の繊維製品を世に生み出したことだろう。

ただ、この場所は壊れることなく新たな価値を与えられた。
『エキノコ玉ノ井』。

訪れた者は完成品を見ることができない展示を通して
“壊すこと”の容易さと“残すこと”の難しさ、
そして何より“残すこと”の重要さを実感させられることになる。

新調されたスケルトンの壁の前はローカル線の終着駅。
列車到着の数分後には始発駅に姿を変え
2両編成の赤い電車は反対方向へ滑り出す。
その当たり前のことが続いていることもまた
この展示のコンセプトに繋がっているのだ。