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10年ぶりに橦木館に帰ってきた「家原美術館」。

もう10年、まだ10年。
橦木館の前にあった立て看板を見て
ふらっと立ち寄ったのが10年前。
正直言って橦木館の持つイメージとはかけ離れたその画風。

いったい何者?

中に入って、そこに佇むのは
これまた異世界な雰囲気を漂わせる作家ご本人らしき人物。

恐る恐る言葉を交わす‥‥、
これが“絵描き”家原利明氏との出会いだった。

話をしてみると制作に対する思いは頗る熱いものの、
物腰柔らかな才知あふれる常識人。

直後にSNSで不思議な縁があることを知り、
より一層その人物像に魅力を感じた次第。

これが、記念すべき「家原美術館」第1回目の私の顛末。

以後、何回か個展にお邪魔しているので
その間に10年の月日が流れていた実感がまるでない。

因みに、下のクリアファイルの人物(自画像)が彼である。
機会があったら声をかけてみてほしい。
作家然としない、他に類を見ない魅力的な人物だと思う。

家原美術館での戦利品、クリアファイルと以前購入しそびれたソックス

家原利明さんの作品展示『こわすのはかんたんだからね』へ。

会場で完成された作品が観られるのは、
額装された写真と制作風景の動画の中のみ。
実際に目の前にあるのは、それが“こわれた”ものだ。

かつて作品だったそれらは、
地元一宮で作られたハイブランドにも使用される
高級服地に描かれた作品の断片。
蛍光色の塗料を纏ったモノトーンの布は、
緻密な織と柔らかさからその上質さが窺える。

かつてこのノコギリ屋根の工場でも数多くの機織り機が、
夥しい量の繊維製品を世に生み出したことだろう。

ただ、この場所は壊れることなく新たな価値を与えられた。
『エキノコ玉ノ井』。

訪れた者は完成品を見ることができない展示を通して
“壊すこと”の容易さと“残すこと”の難しさ、
そして何より“残すこと”の重要さを実感させられることになる。

新調されたスケルトンの壁の前はローカル線の終着駅。
列車到着の数分後には始発駅に姿を変え
2両編成の赤い電車は反対方向へ滑り出す。
その当たり前のことが続いていることもまた
この展示のコンセプトに繋がっているのだ。

家原利明さんの展覧会『家原美術館 2021』へ。

久しぶりだ。

DMを頂いて、いつものように予備知識をいっさい入れず、
ぶっつけ本番で現地に向かう。
これが『家原美術館』鑑賞の極意だ。

もうひとつのポイントはその道程。
名鉄尾西線奥町駅から木曽川沿いの舗道を歩く。
川から街に入ると、ノコギリ屋根の工場から
機織り機の大きな音が聞こえてくる。
頭に浮かぶのは『ガチャマン』という言葉。
そう、ここは繊維の町「一宮」。

現地に到着すると、
程なくこの極意が正解だということを確信することとなる。
会場は『惣sow(そうそう)』レンタルスペース。
昭和初期に建てられたという蔵のある和洋折衷のお屋敷だ。
まさに家原さんのためにあるような建物。

彼の作品たちはこの空間の中を自分で歩き回って、
好きな場所を自ら見つけてそこに収まっているように見えてくる。

ここに長く留まっていると、
どこからが作品でどこからが背景(会場)なのか、
その明確な境界が徐々に失われていく。
この建物が建てられた時から
そこにあったのではないかとさえ思えてくる作品も少なくない。

あの古いノコギリ屋根の工場も、
実は彼のインスタレーションなのでは?

https://aoaocuq.blogspot.com

家原利明氏の展覧会『家原美術館 2019』へ。

岐阜市の旧中島洋診療所で開催された家原利明氏の展覧会
『家原美術館 2019』へ。

“岐阜城”や“メデイアコスモス”を岐阜バスの中から眺めながら、
住宅街にある最寄りのバス停に到着。
会場はgoogle mapで確認していたので、
なんの苦もなくその建物へ。

が、会場らしき掲示が遠目には見当たらない。

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『家原利明 展覧会 2016 春』拝見した。

その人はギャラリー前の路上で爪を切っていた。

その人は絵描き家原利明。
本来なら異彩を放つはずのその容姿が
このギャラリーがある風景に馴染み見事に溶け込んでいた。

今回も会場に至る道程から彼の世界観が現れていた。
巨大ショッピングモールに車を止め、
そこからGoogleマップを頼りに歩く歩く。

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